04.22.07:46
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10.22.22:24
11月4日(日)ミュージカル『Puff the Magic DRAGON~きみにあえてうれしい~』再演
柏っていい街だよ。ここで生まれてよかった、住んでよかったと感じられる街になったらいいなぁ~の想いから始まった柏市児童センターミュージカル。台本・演出・音楽・衣装・美術など、すべてボランティアが力を合わせて作り上げた作品です。演じるのは柏の子どもたち!
暖かい人の輪から、小さな幸せと喜びを込めて贈る「児童センターミュージカル」第11作!私、三輪は今回、「演出」「舞台監督」「美術」を担当させて頂いています。お時間ある方は是非遊びにお越しください。
日時:2012年11月4日(日)
開場:午後2時00分
開演:午後2時30分
入場無料
場所:アミュゼ柏クリスタルホール
住所:〒277-0005 千葉県柏市柏6-2-22
電話:04-7164-4552
行き方:柏駅東口より徒歩7分
※駐車場は関係者専用となっておりますので、お車でのご来場はご遠慮ください。
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―物語の概要―
ケンタは、サッカー大好きな小学4年生。でも、親友のサトシがアメリカに転校してしまって以来、とても落ち込んでいました。
そんなある日、絵本『パフ』を読んでみると、そこには親友のジャッキーを失ってしまったドラゴン、パフの物語が描かれていました。
パフに同情したケンタは、「君の気持ち、よくわかるよ、パフ」と呟きます。
すると、どうでしょう!突然、絵本の中からキノコが現れて、「ドラゴンの気持ちがわかる君に、僕たちの世界を救ってほしい」とケンタに頼むのです。
しぶしぶながら魔法の世界、ミュゼリアに入るケンタ。そこでは、邪悪な魔法使い「マズルカ」が復活したという噂が流れていました。
そのマズルカを退治できるのは、伝説のドラゴン「パフ」しかいないと。しかし、パフは、親友のジャッキーが行方不明になってしまって以来、ホナリーの洞窟に閉じこもったまま、出て来ないというではありませんか。また、パフを完全復活させるには親友のジャッキーの力が必要だといいます。
パフを励ましながら、同時に自分を励まし、成長していくケンタ。
果たして、ジャッキーを探し出すことはできるのか!?
伝説のドラゴンを復活させることはできるのか!?
僕らが出会った意味ってなんだろう。
たとえいつか、離ればなれになってしまっても、「僕は元気だ」と言えますように・・・。
合言葉は・・・、「ベストを尽くせ!」
柏の子ども達が贈る、心あたたまる、感動のミュージカル!
10.21.01:53
杏(あん)の呟き
あたし、柳沼杏(あん)、4か月。
あたしね、今日ね、パパのお友だちがいっぱい来るっていうからママと一緒に楽しみにしてたの。
でも、実際会ったら、正直早く帰ってほしいと思ったわ。
なぜかって?
連中、うるさいのよ。
ギャグだかなんだかわかんないけど、ゲラゲラゲラゲラ、つまんないことでずーっと笑ってるし、1人で終わればいじゃない?なのにまた1人、また1人って乗っかって、エンドレス。もうイイっつーの。こういうのなんて言うの?ムサイって言うの?挙句にオシリ触ってくるのよ!?あたし、まだ4カ月なのに!信じらんなくない!?品性のカケラもなかったわ。
初めてパパを疑ったわ。こんなお友だちと一緒にいたら、世間から白い目で見られること確実よ!!
何か弱みでも握られていて、脅されているのかしら?
家にいたらお隣さんからクレーム来るのは時間の問題だったから、近場の焼き肉屋に行かせたの。
なぜかアタシも…。アホか!肉なんてまだ食べられないっつーの。歯ねぇっつーの!
まぁ、あたしのためにプレゼント買ってきてくれたって言うから、仕方なく…。義理って大切でしょ?人間として。
でね、連中ったら次第に恋バナなんかし始めたわけ。メガネに彼女ができないとかなんとか。女々しいったらないのよ!そりゃモテないわよ。まずはメガネ、猫背直せっての!
あ!!お肉焦げてる!!ちょっと、そこの“顔だけは”イケメンの人!お肉焦げてるって!
ちょっと!!アンタの恋バナなんてどうでもいいのよ!!お肉焦げてるってば!!
は~…。もう最悪。食べ物を粗末にしちゃいけないって、お母さんに習わなかったのかしら。
はぁあ。
連中と一緒にいると疲れがハンパじゃなくて、お母さんに連れられて、あたし、一足先に帰らせてもらったわ。
そしたら別れ際に連中ったら、「また来るからね~」なんて、くったくのない顔で言うのよ!!来るなっつの!でも、パパの友だちである以上、そしてあたしがまだ言葉も持たない弱者である以上、連中は性懲りもなくまたあたしの前に現れるのだと思う。もうサイテーよ。厄介な連中に目を付けられたものだわ、柳沼家も。
家に着いて、ベッドの中であたしお母さんに聞いたわ。
「あの連中は一体何者なの?」って。
そしたら、お母さんはこう答えた。
「三輪組っていう輩よ」
あたし決めたわ。
奴らとの繋がりが断てないのであれば、
あの社会不適合者たちをあたしが更生させてやるって。
見てなさいよ、三輪組。
パパとママを守るため、あたし、戦う!
10.17.18:03
いろんな人が歌ってきたように
それでも今がいい…
ある日、後輩が言った。
「他人は自分の鏡だ」
会社の人間関係で悩んでいたとき、お母さんから教わった言葉だと言う。
彼女は少し抜けているというか、決して器用な方ではなかったけれど、言葉を受け止める純粋さだけは人一倍強かった。彼女はその言葉を信じて、自分の行動を見つめ直し、結果、会社での人間関係は良好なものになったという。
学生時代の彼女を知っている僕は、彼女の成長をうれしく思ったものだけど、今思えばそれは、「成長」とは少し違うものだったのかもしれない。
年を重ねるイメージとは、どんなものだろう。
たとえば、古くなった服を捨て、新しい服を着ると考えてみよう。
古くなったものをどんどん捨ててしまえる人は、きっと昨日よりも今日が楽しいのかもしれない。
一方で、明日が不安で、何も捨てずに重ね着をして行く人もいるかもしれない。
そして、いつか重くなって歩けなくなってしまったとき、初めて何かを捨てるのかもしれない。
年を重ねるということは、取捨選択を迫られていることなのだと、少し前の僕は思っていた。
でも、こんなのはどうだろう。
服は古くなると段々消えて行って、同時に新しい服が段々現れてくるイメージ。
だからといって何もせずに、自然と服が新しくなるわけじゃない。
そこにはその人の意志が介在していて、一歩一歩踏み出さないと、その変化は訪れない。
踏み出せば消え、生まれるのではなく、踏み出して消し、そして必ず生む。
そして、その服は、幾重の新陳代謝をくり返しながら、装飾をそぎ落とし、よりシンプルになっていく。
もしかしたら、辿りつく先は「裸の王様」なのかもしれない。
そろそろね 気づいてもいいだろう
すべては 自分だってことを
この目に映る すべてのことは
そろそろね 認めてもいいだろう
すべては 自分だってことを
真実も嘘も光も闇も
君はどうだい 僕はまだまださ
あの風の向こうで 手を振るのは誰
強くちぎれるほど
good bye and hello
どっちに見えるかは自分次第さ
『track.02 いろんな人が歌ってきたように』
●2012年10月17日(水)Release
ASKA NEW ALBUM『SCRAMBLE』
【収録曲】
01.UNI-VERSE(Album Mix)
02.いろんな人が歌ってきたように
03.朝をありがとう
04.L&R(Album Mix)
05.どんなことがあっても
06.SCRAMBLE
07.歌の中には不自由がない
08.あなたが泣くことはない
09.水ゆるく流れ
10.僕の来た道
10.15.14:48
パフ⑪
いつだって、1人じゃ見れない大きな夢が形になっていった。
ミュージカルの練習も、残りわずか2回となりました。
本番に向けて集中力も上がってきて、みんなドンドン上手になってきました。
このメンバーで、そして、『パフ』を上演するのも、11月4日が本当にラスト!この一瞬一瞬を大切にできるように、僕も頑張っていきたいと思います!最近時間に余裕がなくて、練習を見ていても、なかなか子ども達全員へ声掛けができていないので、反省です(一。一;)
大事なのは、振り返ること。
どれだけ生きていても、人1人じゃ、できないことの方がきっと多い。劇なんてその最たるもの。
だからいつも、意見を聞く。振り返る。凹む。考える。次に活かす。繰り返す。
そうやっていつだって、1人じゃ見れない大きな夢が形になっていった。
あの頃も今も、大切なことは変わらない気がする。
教えてもらっているのは、たぶん自分自身だ。
子ども達に負けないくらい、笑って飛んでやろう。
10.02.12:42
アレクサンダとぜんまいねずみ
アレクサンダとぜんまいねずみ
今日は児童センターにて、『アレクサンダとぜんまいねずみ』を観に行きました。
大学生の女の子が、卒論として音楽・歌・役者・衣装・美術、すべてを1人で創作したそうです。
概要を言うと、人間に嫌われるネズミのアレクサンダと、人間に愛されるぜんまい仕掛けのブリキのネズミ、ウィリーとの友情物語。対照的な2人が出会うことで、「他人に対する羨望」が、やがて、「自身に対する許容」へと変化していくところが面白みではないでしょうか。
物語はもちろん、彼女の表現力も音楽も本当に素晴らしかったです。
何よりも、一生懸命に物語を伝えようとする姿勢に胸が打たれました。
独りよがりじゃない。ちゃんと、相手を見てる。
すっごい良かったよ!!!おつかれさま!
三次元を得るための、天地に伸びる3つ目の軸
ふと、「卒制」を思い出しました。
卒論というと、僕は大学よりも、やはり専門学校のときの「卒業制作」の方が思い入れが強いです。デザインの専門学校に行っていた僕は、当然ストーリーマンガを描いたわけですが、3カ月間、死ぬほど頑張りました。その“努力できた”という自信が、後に大学進学へのモチベになった気がします。
でも、3年が経つ頃、自分のピークが19歳のときだということに、次第に疑問を持ち始めました。当然ですよね。22歳の自分が、19歳の自分に負けているなんて許せません。だから、23歳でまた死ぬ気でやりました。すると、また25歳になるときに、23歳の自分を超えたくなった。それが三輪組でした。
そして、僕は25歳のピークを「自信」として、社会人になりました。たぶんまだ僕は、それを超えることができないでいる。時間はあの頃も今も、等しく有限でありながら、その中に生きる僕らは、次第に体力を失っていく。同じ定数を与えられても、その中で使える時間は短くなる一方です。
だからきっと、僕らが人生の充実を量るのに、時間軸と努力軸だけの二次元ではきっと足りなくて、三次元を得るための、天地に伸びる3つ目の軸が必要なのだと感じます。
みんなは、それをなんて名付けているのでしょう。