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The Ropes~平成の常盤荘~代表三輪亮介のブログです。 ここでは日常で切り取った一枚の写真をもとに 日々の想いなどをつづりたいと思います。
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11.25.11:55

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  • 11/25/11:55

02.26.06:53

one's feeling

人は、自分の変化を

本や、言葉や、他人のおかげだと考えがちだけど、

それらは「きっかけ」でしかなく、

残念ながら、外側のものはその人を変える力は持ち合わせてはいない。

変わる力は、いつだって内側にある。



もっと言えば、

人は「変わる」わけではない。

「気づく」のだ。

すべてはその人の中に最初からあるものだ。




たとえば、

「悲しい時に海を見ていると、

 いろんなものが流されていく音がするね」

と、誰かがいう。


ある人は、「ほんとだね」と言い、

ある人は、「そんな音はしない」と言う。

感じることができるか、

できないか、

その差だ。


1年後、


ある人は、「少しわかる気がしてきました」と呟く。




その変化に彼女はとても喜んでいたけど、

彼女が変わったわけではない。

すべては彼女の中に最初からあったものだ。





誰しもの中に、かならず在るもの。


それが「これ」であったらいい。



誰しもの中に、在るわけではないもの。


それが「これ」だったら少しつらい。




僕にもきっと、聞こえない音はあるはずなのに。

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02.23.04:44

そんなふうに歌ってみたいな


たくさん考えて たくさん直して

こんなふうに 歌うようになった

 
ハミングを重ねながら 駅に向かう人も増えたけど

僕の歌じゃ キッチンで口ずさめない人もいるみたい

君の朝に合うように 今度は歌えるかな

 
狭い路地裏で道を塞ぐ 押し売りみたいじゃなくて

洗いたての街に届けられた 柔らかい日差しのように 

歌いたい
 

 
届きますように 響きますように

こんなふうに 歌うようになった


 
マグカップを片手に テーブルを囲む人も増えたけど

僕の歌じゃ お風呂で口ずさめない人もいるみたい 

君の夜に合うように 今度は歌えるかな


 
狭い路地裏で道を塞ぐ 押し売りみたいじゃなくて

ほっぺに残った一雫を乾かす 帰り道のように

歌いたい
 
 


たくさん考えて たくさん直して

そんなふうに 歌ってみたいな
 


みんなが歌ってくれるような歌を書くのではなく
 

みんなが歌ってくれるように 歌えるように

06.11.23:21

米寿



群馬のおばあちゃんが米寿を迎えました。
ずっと元気でいてね。

03.27.23:55

後悔は愛から生まれている



後悔は愛から生まれている

親父の定年退職祝いで、草津に家族旅行に行った。

後輩の話や、少し年上の人の話に耳を傾けることは多いけど、自分の倍の年齢に、想像を拡げることは通常多くない。

妙なことに、最近僕が描き上げたマンガの主人公は57歳。
先日、試写会で観た『リベンジ・マッチ』に出てくるロバート・デニーロは70歳。シルベスター・スタローンは67歳。そして、僕の親父は60歳を迎え、定年退職を迎えた。
なんの因果か、最近の僕は、そんな途方もない未来のことに想像を拡げている。

60歳を迎えたとき、自分は果たして何を想うのか。

『リベンジ・マッチ』では、かつて宿敵同士だったボクサーが、30年後に遺恨を晴らそうという物語で、過去に対する「後悔」に、向き合うべき「タイミング」が訪れる。
僕の描いたマンガでは、かつて共に芸術家を志した2人が、1人の女性を巡って離縁し、30年後に1人生き残った主人公が、親友の追悼展に足を運び、過去の「後悔」と「真実」に向き合って行くという物語だ。

「後悔のない生き方なんてできないけど、後悔のないように生きようって思う」

そんな21歳の頃書いた自分の言葉が、ノートに残っている。自分の選択と決断の未熟さを認めながらも、未熟でも、その選択と決断でより良い未来を開いていこうという気持ちが尊いのだ、ということを詠ったものだ。

けど、今の僕が抱く「後悔」のイメージは、一重に「愛」という言葉に込められる。

「愛しているから後悔しているのだ。後悔は愛から生まれている」

他人から見ればどうしようもなく小さな事でも、本人からすれば、身体の一部を失ったかのような喪失感を伴うものがある。それは、紛れもなく、愛しているからだ。
人を、物を、場所を、あるいは、時間を。
向き合えなくて目を背けた時期もある。忘れようと願ったこともある。もしかしたら本当に忘れていたのかもしれない。それでも、人生には、向き合うべきタイミングが訪れる。
そんな気がしてならない。
それはいつなのだろうか。

3時に目が覚めて、小腹が減ったので、1人、近くのセブンイレブンでカップヌードルを食べていると、大学生の男女グループが各々寝巻のまま入ってきた。卒業旅行だろうか。今夜告白を予定していた子は、誤算だったろう。眠気よりも興奮が勝って、全員眠れなかったみたいだ。
寒さに、一層白く立ちこめる湯畑の周りを、意味もなくみんなで周回していく。
それぞれの想いが行き場をなくして、湯気に混じって浮いて行くようだった。

彼か彼女の未来に、硫黄の香りが、今夜をどうしようもなく想起させる日が来るかもしれない。

と、飲み干したカップをゴミ箱に捨てて、宿に帰った。

11.12.00:40

ポッキーの日「ロマンスは寒さに比例する」



ロマンスは寒さに比例する

今日はポッキーの日。僕はポッキーの大ファンです(笑)
っつか、今日、めっっちゃ寒かったわけですが、寒い季節になると、なんだかロマンスも比例して大きくなると思うのは僕だけでしょうか??
たとえば、自動販売機を考えてみても、夏より冬の方がロマンチックだ。キンキンに冷えたコーラより、温かいココアの方がロマンチックだ。夏に買うチョコはドロドロになって食べられたものじゃないけど、冬に買うチョコはなんとなくどこかを温める気がしてロマンチックだ。苦くて甘いのも、やっぱり、ロマンチックだ。
「誰か」を想起させる。
「なんか、ロマンスって寒さに比例するよなぁ」
外に出た時、クソ寒い風を受けながら、なんとなくそんな台詞が口に出た。
隣にいた奴は爆笑していたけど、そんな笑い声すら、冬の空にはロマンチックに響いた。